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早稲田大学の大槻教授ならずとも、現代のオカルト、心霊、超能力などに対する 日本人の無邪気な感覚にはウンザリしている人が多いと思う。
「信じたいものを信じてなにが悪い!」と主張する人もいるが、 それはとんでもない間違いだ。自分たちに都合が悪いから、 「南京大虐殺はなかった。従軍慰安婦なんていなかった」と主張することが許されるだろうか。 もし許されるとするなら、アメリカ人が「アメリカは日本に原爆を投下した事実はない。 それは日本人による作り話だ」と言っても許されることになる。 それでは私たちはいったい歴史から何を学び何を教訓とすることができるというのだろうか。

歴史的事実、科学的に検証されている事実から目を背けて、好き嫌いで私たちは生きてゆくことはできない。 著者のマイクル・シャーマーは大変精緻な論理思考の持ち主であり、私たちが学ぶものは大きいと思う。

ただ翻訳技術の問題であろうか、文章が時々分かりにくいのがチョット残念だ。


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近ごろ「説明責任」という言葉を多く耳にするようになった。 民主党の菅直人氏もその言葉を好んで使うようだが、彼もこの本から強い刺激を受けた一人のようである。 「説明責任」=アカウンタビリティはこの本が私たち日本人に教えてくれた概念といっても過言ではないように思う。
私もこの本の内容には強い共感を持った一人である。多くの日本人に読んでもらいたい一冊ではあるが、 ウォルフレンの思想そのものに対しては、私は一歩引いている。私からみて、ウォルフレンは宣教師みたいな人だ。 キリスト教文化を唯一、絶対のものと信じ、それを他の文化圏の民族にも押し付ける傲慢さがチラチラ見え隠れしている。

次に出版された「なぜ日本人は日本を愛せないのか」(毎日出版社)では、 国を愛せない正当な理由を持った人々に対するなんの配慮も感じられず、彼の思想的貧弱さが露呈されてしまった。

最新刊の「アメリカからの独立が日本人を幸福にする」においてもある程度までは共感できるのだが、またしても「愛国心」を持ちだし、「日本人が日本人を信じられないのか」と「軍国主義化」を憂う人たちを「似非アメリカ人」と呼ぶに至っては、もう肩をすくめて「バイバイ」するしかない。


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最近読んだ本の中で、これほど著者の血の流れを熱く感じたものはない。
アメリカ、イギリスのイラク攻撃には何の正当性もないことはもはや誰の目にも明らかだ。 その米英に対して飼い主に尻尾を振るペットのごとく日本は協力してしまった。外務官僚、外務大臣、そして小泉首相のなんという能天気ぶりか!
天木氏のような外務官僚がいたということを私たちは知ったが、しかしそれでホッとしてはいけない。 この著書から伺い知れるように、ほとんどの外務官僚はアメリカのペットたる小泉のそのまたペットにすぎない。 天木氏のような心ある外交官がもはやこの国では仕事をすることができないほどに日本の省庁は腐りきっているのだ。

欲を言えば、自身については全く潔癖であったかどうかの清算ができていないように感じる。自己反省するべきことがなかったとは思えないのだが・・・。


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アインシュタインが一般的な意味での「神」の存在を信じていたとは思わない。ただこの宇宙を支配している一種神懸かり的なもの(それは単に数学的に記述される理論かもしれない)を感じていたことは考えられる。
ニュートンはその生涯を通じて「神の存在を証明する」ことに熱中した。また現代物理学者でも「宇宙創世のその瞬間」に関しては「神を持ち出さざるを得ない」と告白するひともいる。
社会主義者であり平和主義者でもあったアインシュタインが、神というものをどのようにとらえていたかを探る上で、とても参考になる本だと思う。


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核兵器がなければ世界は平和になるわけでは勿論ない。ピストル一丁でもボクには怖い。
しかし核兵器は国際政治の中において特別の意味を持っている。これを持っているかどうかが国際政治の中での発言権を決定している側面は否定できない。だから日本を含め多くの国が核兵器を持ちたがる。
核兵器の拡散はよく問題にされるが、本質的な問題はそもそも核兵器があること自体だ。世界から核兵器がなくなれば我々は今より少しは枕を高くして眠ることができる。そしてそれは必ずしも全くの夢物語ではないらしい。
世界的な物理学者である菅原寛孝の考案した「核消滅構想」を科学ジャーナリストの中嶋彰が紹介する。


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こうゆう本、好きだなぁ〜。嫌いなヤツに対していつも真剣に批判していては批判する方も聞く方も疲れてしまうというもの。
「笑い飛ばす」という対応が実は一番効果がある。そういった試みが今まで日本ではあまりなされてこなかったのではないだろうかと感じている。
これはいいお手本と言えると思う。

安倍みたいな知性も教養もない単なるエエカッコシーなど、小泉以上に笑い飛ばす必要があるかもしれない。


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おもしろい! 無条件でおもしろい!
著者のパオロ・マッツァリーノのプロフィールは笑える。どこからこんなジョークがでてくるのだろうと感心した。本の内容も「目から鱗」である。
こうゆう文章がかける人はうらやましい!
是非一読をお勧めしたい。損はない!

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マッツァリーノの第二弾! さらにジョークが冴え渡っている。
電車の中で読んでいて、一人肩を震わせ笑ってしまうような箇所が随所にある。
この人いったい誰だろう? 専門家の間でもちょっとした話題だそうだ。
ツッコミが鋭く、巧みな文章構成。こんな本を書ける人はかなりの実力ある日本人研究者であろうというわけで、「本当は誰だろう?」と気になっている研究者も多いようだ。文句無しのお勧めだ。

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これを読んで、「やっぱり抗癌剤などの癌治療を受けないでよかった」とつくづく思った。医学的なことや「食」のことについてはかなり勉強したつもりだが、この本には「知らなかった!」という内容がいろいろ書かれている。これはとてもいい勉強になる本だと思う。
一部ではこの本に対するかなりの酷評も見受けられるが、癌と付き合うようになって先生の話に合点できるところがとても多いのだ。昔読んだ「ヨガ」の本に書いてあった内容ともとても一致点が多く、参考になるものと思う。

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若い頃は随分山の本を読んだものだ。
新田次郎も読んだが、ほとんどは登山家によって書かれたものを好んで読んだ。ラインホルト・メスナーは最も刺激的な登山家の一人として興味を持っていたので、片っ端から本を買い込んで読んだ。
それがいつからだろう、全くと言っていいほど山関係の本は読まなくなっていた。
この本は自分で買ったのではなく、友人に勧められ貸してもらった本だが、貸してくれた友人に感謝しなくてはいけないだろう。
ギャチュンカンからの下山は、常に死と隣り合わせの状況下にあった。その息も詰まる程の描写には全身の筋肉が硬直した。我が唯一の読書室たる通勤電車から降りてなお、会社までの道のりを二宮尊徳よろしくずっと本を読みながら歩いた。そして始業チャイムが鳴る前に読み終えた。
世の中すごい人間がいるものだと、つくづく感心した。山野井夫婦の体力と精神力にはただただ脱帽するしかない。山に興味のない人でも読んで損はないはずだ。

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「垂直の記録」と一緒に友人が貸してくれた。デキュメンタリータッチの小説になっている。あまり期待していなかったが、結構よく取材をしてまじめに書いていると感じた。面白かったと素直に認めたい。
この話が映画になったらなぁ・・・と思った人間は私だけではないだろう。でも日本にはこれを映画化できるスタッフはちょっと見当たらないなぁ・・・。

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藤原てい、新田次郎の息子ということで少し期待して読んでみたが、正直期待はずれだった。
共感できるところがないわけではないが、全体的には議論が乱暴すぎるように感じる。もう少し良く考えて整理してから書くべきではないだろうか。
「突っ込みどころ満載」となってしまった。
最近はやりの「愛国心=郷土愛」がここでも語られているが(というより最近それがはやりだから話題として取り上げたと言った方が適当か)、世界中に自国や郷土を愛せない正当な理由を持った人々がいることを知らないとしたら、学者としてはあまりに恥ずかしい。
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エマニュエル・トッドもまたユダヤ人。「また」というのは、私が尊敬するチョムスキー氏やアインシュタインも「また」ユダヤ人だからだ。チョムスキー倶楽部会員としてはトッドの説を完全に受け入れることはできないが、それでも最近読んだ本の中ではトッドの本は最も私の思考に影響を与えたといってもいい。
対談という形態は、思いもかけず本人の本音が漏れることがある。家族形態がその社会のありように決定的な影響を与えているかのようなトッドの理論は、以前より「決定論的過ぎる」との批判があったが、この本(対談)の中で、本人自身が「決定論的過ぎるかもしれない」と語っているのは面白い。
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イギリスには極めて有能な女性ジャーナリストが多く存在する。
著者ジェシカ・ウィリアムズもその一人だ。
世界に広く目を向け現実を直視することから自分たちの社会の矛盾にまで視点が向かうことを著者は望んでいるに違いない。視線が自分自身に向かうかどうかは、私たちの能力にかかっている。

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最近、フランスの思想家に興味引かれることが多い。エマニュエル・トッドもその一人だが、ここに紹介するミシェル・ボーは近年私が最も共感を得た学者のひとりだ。読了するのに時間がかかったこの本は、いたるところポストイットだらけとなった。
気球環境の絶望的なまでの継続的破壊。その大きな要因としての人類のとどまるところを知らない欲望の膨張。そしてそれをあおりまた利用する現代資本主義。このまま人類はこの道を突っ走り続ける事ができるだろうか?
できっこない! と私は思うが、そう思うひとも思わないひとも是非一読されることを勧めたい。

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